はじめに
こんにちは! 新規事業開発室の山口 (@yamarkz) です。
前回の「Crypto Assets に対する定性的な評価」に続いて、今回も投資の話を紹介します。
前回記事では定性的な評価方法の紹介でしたが、今回は定量的な評価方法の内容です。
2016年から2017年にかけて世界中でICOの実施が爆発的に増加しました。そのICOで発行されたトークンの多くはユーティリティトークンで、今後もこのトークンは増えていくと思われます。本記事では、ユーティリティトークンの理論価格をどのように求めるのかを紹介します。
Cryptoへの投資は歴史が浅く、Crypto Assetsに対しての適切な評価方法は現在の研究段階であり、後に紹介する理論も課題が多く仮説段階のものです。 今回紹介する内容は2018/06時点の仮説と理論であり、この内容は今後変わる可能性があります。
- はじめに
- 全体像
- 前提知識: 貨幣数量説
- ユーティリティトークンの理論価格算定
- ユーティリティトークンに適正価格(フェアバリュー)がつかない理由
- ユーティリティトークンの理論価格算出に対する問題点
- 参考文献
- まとめ
- 最後に
- 宣伝
全体像
前提知識: 貨幣数量説
ユーティリティトークンの理論価格算出の理論を理解するためには、前提知識として既存の経済学で用いられる貨幣数量説という考え方への理解が必要です。
この貨幣数量説を理解するための内容はこちらの記事を参考に紹介します。
貨幣数量説とは、貨幣を野菜と同じ様な「モノ」と捉え「物価水準は貨幣の流通量に比例する」と考えます。
例えば、日本に流通している貨幣供給量が2倍になると、その通貨の価値は半分(量が増え通貨価値が薄まる)になるため、1万円で買えた商品が2万円を出さないと買えなくなります。 この様に、物価は貨幣の価値とは反対の動きをする「価格」であり、貨幣供給量が増えると貨幣の価値が下がり、物価が上がりインフレになります。反対に貨幣供給量が減ると貨幣の価値が上がり、物価が下がりデフレとなります。
この考え方に基づけば、仮に貨幣の価値が上昇しすぎてデフレになってしまった場合、中央銀行が貨幣供給量を増やして通貨価値を希釈化を行い調整します。 反対にインフレになったら、貨幣供給量を減らして通貨価値を濃縮化を行い、物価を下げます。
身近な話で行くと、アベノミクスもこの貨幣数量説に基づいて、金融政策実施の判断を行なっています。参考
アベノミクスは経済緩和政策を実施し、経済の貨幣を多く流通(企業に低金利で貸付)させます。貨幣が多く流通することで、投資増、雇用増、給与増、消費増、景気回復という流れを狙っていました。
この様に、適切な経済政策のアプローチを行うために、貨幣数量説の考え方を利用して既存経済の全体を評価し、政策実施の判断を行なっています。
経済圏内の通貨量を調整することによって価格が変動すると考え、流通する貨幣量をコントロールすることで経済をコントロールしようとする考えが貨幣数量説です。
つまり貨幣数量説とは、既存の経済状況を把握するための考え方(フレームワーク)ということです。
次に、この考え方を数式に落とし込んで経済全体の評価を行うための方程式を紹介します。
2つの式と、フィッシャーの交換方程式
上記で紹介した貨幣数量説の理論を数式で考えた場合、2つの式が存在します。
- フィッシャーの交換方程式
- ケンブリッジの現金残高方程式
式は2つありますが、後に紹介するユーティリティトークンの理論価格算定ではフィッシャーの交換方程式を応用しています。 なので、ここではフィッシャーの交換方程式を紹介します。興味のある方はケンブリッジの現金残高方程式も調べて見てください。
フィッシャーの交換方程式は下記の形で表現されます。
MV = PT
各変数は以下の意味を持ちます。
- M (Money Supply)
- 貨幣量
- 発行された貨幣の量
- V (Velocity)
- 流通速度
- 貨幣が世の中を回った回数
- P (Price)
- 物価水準
- 経済圏内での一般的な物価
- T (Transaction)
- 取引量
- 1期間における取引量
右辺「PT」は物価水準 * 取引量で、全体の取引総額つまり「国民所得 (GDP) 」を表しています。 左辺「MV」は貨幣経済で、右辺PTのために発行された「貨幣量 (M)」が「流通速度 (V)」を表しています。
特に理解が難しいと感じられるのが貨幣の流通速度を表す Velocityの部分で、これについてはwikipedia上では下記の様に解説されています。
Vは貨幣の流通速度を意味している。VはVelocity(速度)の頭文字で、一定期間における貨幣の使用回数である。例えば、ある経済の貨幣が1000円札一枚しかないと仮定する。期間を1週間とする。このとき、一週間の間にこの1000円札が3回使用された(3回持ち手が替わった)なら、V=3となる
つまり、貨幣の所有者が移転した回数が流通速度であるということです。
ここまでの話で注目しておくべき点は、経済の価値を数式を用いて評価するということです。次に紹介する理論価格算定の方法は、実際の経済圏の価値から逆算してトークン価値を算出します。
貨幣数量説という経済評価の考え方と、その評価を行う方程式。兎に角ここの理解が重要です。
ユーティリティトークンの理論価格算定
上記の貨幣数量説とフィッシャーの交換方程式を踏まえ、ユーティリティトークンの価格算定方法を見ていきたいと思います。
この価格算定の理論は海外のCrypto Fundでパートナーを務めるChris Burniskeさんが初めて提案しました。 彼は過去に紹介したCrypto J Curveを考えた人でもあり、Crypto投資に対して深い造詣を持っています。
理論価格算定の方程式は、先ほど紹介した貨幣数量説のフィッシャーの交換方程式の考えを踏襲しています。
MV = PQ
各変数は以下の意味を持ちます。
- M (Size of the asset base)
- ネットワークの経済規模
- 平均ネットワーク価値 とも呼ばれる
- V (Velocity of the asset)
- トークンの流通速度
- P (Price of the digital resource being provisioned)
- ネットワークが提供するサービスの価格
- EthereumでいうGas, Filecoinでいう利用時の消費トークン
- Q (Quantity of the digital resource being provisioned)
- ネットワークで提供されるサービスの利用回数 or 数量
- サービスをどれだけ利用したのかを表す
先ほど紹介したフィッシャーの交換方程式とはいくつか変数の意味合いと表現が異なる部分があります。 Mは経済価値の規模 (円 or ドルなどのフィアットで換算) を表しており、これがネットワーク全体のバリュエーションです。Vは変わらず、所有移転回数。Pはサービスの価格で、これはネットワークの中で提供されるサービスの価格です。EthereumでいうGasなどがここに該当します。この値は円 or ドルなどのフィアットで換算します。QはPのサービスをどれだけ利用されたかを表します。つまり、ネットワークで提供されるサービスの利用回数です。
1トークン理論価格を算出するには、そのトークンを用いているネットワーク全体の経済価値評価 (バリュエーション) を算出する必要があります。 これはつまり、上記のMV = PQの式でいうM(バリュエーション)の値を求めるということです。Mの値を求める式にする場合、以下の様になります。
M = PQ / V
M (ネットワーク全体の経済価値評価) は、ネットワーク内でのGDP(PQ)を軸に、その経済圏でGDPを支える為に必要とされているマネタリーベースを表しています。
M (バリュエーション) = PQ (提供サービスの取引額合計 サービス価格 * 回数) / V (流通速度)
上記で算出したMの値をネットワーク上で流通しているトークンの総量で除算すると、1トークンあたりの理論価格が算出できる。と仮説が建てられています。
1トークンの理論価格 = M (バリュエーション) / 流通トークン総量
方程式だけではわかりにくいので実際の例を交えてみます。この算出例について、Chris Burniskeさんやbitcoinerの大石さんがブログで投稿しているファイルストレージサービス利用料のトークン化がわかりやすいので、この話を紹介します。
例: ファイルストレージサービスで用いるユーティリティトークンの価格算出
既存のファイルストレージサービスであるDropboxを分散型アプリケーションに置き換え、サービス利用時にはフィアットではなく、トークンを消費することを想定します。
Dropboxの数字
- ユーザー数 5億
- 1ユーザーあたりの売上 111.91ドル
- 売上高 11億680万ドル
売上高11億ドルは、サービス利用に対して支払われた額であるため、提供するサービスの取引額合計(P*Q)は11億ドル。
M = 11億ドル / V
トークンの流通速度 (V) はサービス利用に対する支払いをどれくらいの頻度で行うのかで決まります。 1年間で1度のみの支払いで済むサービスである場合、発生するトークンの所有権移転回数は1回です。 そうすると、
11億ドル/1 = 11億トークン
という計算になり11億ドル分のトークン量が必要になります。
仮に各月ごとに支払いが発生する場合、年に12回のトークン所有権移転が発生することになります。 その場合、必要なトークンの送料は12分の1で済みます。なぜなら、トークンが持つ流動性 (所有権移転回数)が12回あるからです。
サービス利用に対して半月に1度支払いが発生する場合(12 * 2 = 24)で考えてみます。
M = 11億ドル / 24 = 45百万ドル
11億ドルの取引額総量に対し、24回の所有権移転がある場合、ネットワークの時価総額は42百万ドルになります。
そして、このネットワークに100万枚のトークンが発行されていた場合、
42百万ドル / 100万 = 0.42ドル
この0.42ドルが1トークンに対する理論価格です。
例参考記事
余談ですが、この算出をモデリングして例をChris Burniskeさんが作ってくれています。INET理論と呼ばれるもので、興味のある方はこちらを見ていただく方が理解が早いと思います。
ユーティリティトークンに適正価格(フェアバリュー)がつかない理由
大石さんのブログ記事でも述べられているのですが、現在のユーティリティトークンの時価総額はとても高い数字になっています。その理由はいくつか考えられます。
- 一般ユーザーがクラウドセールで投資に参加できる状況からか、参加投資家のレベルが低く、トークン自体の妥当な価格算定ができていない
- トークン発行者側の情報が少なく、妥当な価格を決定するための根拠を作りにくい
- サービスが提供されていない状況であるため、トークンの価格が完全にマーケットの感情に委ねられている
現状、Crypto Assetsの投資対するナレッジやデータが不足しているため、トークン価格はマーケットの感情に大きく依存しています。 今後、投資家側での研究やナレッジの共有が進み、Cryptoへ投資を行うユーザのリテラシーが向上していけば、現在の高騰している様なトークン価格は全て妥当な価格に落ち着くのではないかと個人的には思います。 つまり、今後研究の進歩が進むに連れてユーティリティートークンの価格は適正価格までじわじわと低下していくことが考えられます。
余談ですが、ここまで紹介した話を理解している海外のCrypto Fundのプロは、よほど期待がもてるプロジェクトでない限りは、ユーティリティトークンに投資を行わないと強くブログで述べています。逆に、Bitcoinの様なStore of Valueを持つトークンを投資商品としては有りだと賞賛しています。
ユーティリティトークンの理論価格算出に対する問題点
ここまで、貨幣数量説、フィッシャーの交換方程式、ユーティリティトークンの理論価格算出、算出例を紹介してきました。 最初にも述べましたが、Crypto投資はまだまだ歴史が浅く、評価理論は現在も研究がされている段階です。 Chris Burniskeさんが提案する価格算定方法も仮説段階ではあるものの、現時点で挙がっている理論の中では最も筋がよく、多くの投資家から評価を得ている理論です。
この理論にもいくつか欠点があると言われ、以下の様な問題点が挙げられています。
- 流通速度(Velocity)は方程式の中で最も重要な変数であるが、実際には正確に測定することが難しい。
- M、P、Qの変数を測定することも難しい。なぜなら、トークンは取引所を介してやりとりが行われることがほとんどで、その場合取引履歴のデータを取得することは難しいからだ。
- RaidenやPlasmaなどのセカンドレイヤー技術が発展してきた場合、オフチェーントランザクションをどの様に処理するのか。などの問題も生まれてくるので、この理論で測るのは難しい。
こういった批評を見ると、「確かにそうだなぁ...」と思ってしまいます。この領域の研究自体が最近始まったばかりなので、今後ノウハウが蓄積され、よりより評価フレームワークが考えられることを期待したいです。
参考文献
まとめ
- 貨幣数量説は、貨幣をモノと考え、物価水準は貨幣の流通量に比例すると考える
- 貨幣数量説を表現する数式は2つあり、ユーティリティトークンの理論価格算定には「フィッシャーの交換方程式」が応用されている
- ユーティリティトークンの理論価格は経済規模から逆算して算出する
- 価格決定論は研究が進められているが、まだまだ課題が多く、今後の発展への期待が高い
最後に
トークンの価格決定論は海外ではかなり熱くディスカッションがされており、ブログなどで多くの意見や考えが述べられています。ここで紹介した理論を研究しているのは経済学者ではなく、Crypto投資を専門で行うファンドのマネージャー達だということに個人的には驚きがありました。 また、プロジェクト評価をどの様に行うのかを調べていたはずが、途中気がついたら経済学の理論の話を調べていて大変でした。。。。
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