はじめに
こんにちは! 新規事業開発室の山口(@yamarkz)です。
前回は「貨幣数量説を応用したユーティリティトークンの理論価格算出」で理論価格の算出方法について紹介しました。
今回は前回の内容を踏まえ、さらに深掘った内容として「Token Velocity問題と5つの解決アプローチ」を紹介します。
ユーティリティトークンの理論価格の復習
前回の復習です。
ユーティリティトークンの理論価格は、ネットワークの経済規模から流通トークン量を除算することで算出可能という仮説がChris Burniskeさんによって建てられました。
理論価格は以下の式で求めることができます。
M = PQ / V
M (バリュエーション) = PQ (提供サービスの取引額合計 サービス価格 * 回数) / V (流通速度)
1トークンの理論価格 = M (バリュエーション) / 流通トークン総量
以下、この理論価格の話を踏まえVelocityの話をしていきます。
投資家視点で見た理論価格とVelocity
投資家視点でトークンを評価する場合、トークンは長期的に価格が上昇していくことを望みます。
上記の理論価格算出の方程式を踏まえると、トークン価格が上昇していくことを望むというのはつまり、M(バリュエーション)が大きくなることを望むということです。 なぜなら、トークンの理論価格はM (バリュエーション) を流通トークンの総量で除算することで求めるからです。
M = PQ / V の方程式で考えた場合、Mを大きくするためのアプローチは2つ考えられます。
- PQを増加させる
- Vを低下させる
PQ(提供サービスの取引額合計)は経済圏で提供されるサービス価値と利用する潜在的なユーザー規模に大きく左右されます。 これはサービス設計時に理論規模の算出(既出サービスの規模から見積もること)はできますが、最終的にマーケットとプロダクトの相性に依存するためコントロールすることが難しいです。
V(流通速度)は経済圏内でトークンがどれくらいの頻度で所有権移転が行われているのかを表しており、移転頻度はユーザのプロトコルやトークン利用方法に依存してきます。 この利用方法に依存するプロトコルや、トークンはプロジェクト側で設計するものであり、よってVはある程度コントロールすることが可能であると言えます。
この理由から、投資家はプロジェクトが解決する課題の規模や解決アプローチも注目しますが、それと同時にトークンやプロトコルの設計からVelocityを低下するアプローチが導入されているかどうかを見極める必要があります。(逆にICOを実施するプロジェクトはVelocityを下げるアプローチを導入することが、ICOで多くの資金を調達するための重要になるということです。)
ユーティリティトークンを用いたICOプロジェクトの多くはPQの規模に着目しているものの、Vを低下させるアプローチまで至ってないケースが多いです。 Vを低下させるアプローチが含まれていないトークンは、プロジェクトが成長してくるにつれて、Vの値が上昇し高速化してきます。 高速化していくにつれてネットワーク価値は下がって行くため、トークン価値も下がっていきます。このトークンのV(流通速度)が上昇してしまう問題が次に紹介する「Token Velocity 問題」です。
Token Velocity 問題
Token Velocity 問題とは、経済圏の規模が広がるにつれてトークンの流通速度が上昇することにより、バリュエーションが低下していく問題のことです。
この問題は多くのユーティリティトークンに存在しており、この問題を孕んでいるユーティリティートークンは短期的な値上がりは期待できものの、中長期的には値上がりが期待できないと言われています。
このToken Velocity 問題を具体例を交えて紹介します。ここで紹介する例は、海外のCrypto FundであるMULTICOIN CAPITALのブログポスト「Understanding Token Velocity」を参考にします。
例: イベントチケット転売防止プロジェクト
前提
イベントチケットをブロックチェーンで管理し、チケットの不正転売を防ぐプロジェクトがあります。このプロジェクトはICOを行い、プロジェクト内で利用できるユーティリティトークンであるTICトークンを発行しました。TICトークンはチケットを購入する際に用いられ、取引所で取引されます。チケット価格はトークン価値と紐づいており、トークン価格が変動した場合、チケット購入で支払われるトークン量は価格に応じて変動する仕組みを導入しています。チケット購入は法定通貨かトークンで支払うことができます。
ユーザーはチケットを購入する際に、トークンか法定通貨で支払いを選ぶことができます。が、多くのユーザーは法定通貨支払いを選択することになります。なぜなら、トークン支払いの場合、法定通貨建てでの価格変動のボラティリティによる損失リスクが存在するからです。仮にトークンで支払うとしても、ユーザーがトークンを長期的に保有するインセンティブが存在しないため、トークンを取引所で購入後、すぐに支払いに利用しボラティリティによる損失リスクを避けようとします。
イベント主催者側はチケット販売に対して、トークンか法定通貨で支払いを受けることができます。が、主催者側もトークンを受け取った際にボラティリティによる損失リスクを避けようとするためすぐにトークンを手放そうとします。この様にトークン価格にネガティブフィードバックループが発生します。
これらに共通して言えることは、「誰もトークンを保持したくない」ということです。
また、ユーザー視点で見ると、独自トークンが存在することはチケット購入のプロセスに不必要な摩擦 (取引所での変換, ウォレットでのトークン管理)が生じるため、ユーザー体験を悪化させることにもなります。
仮にこのトークンを用いたプラットフォームの経済規模が拡大し、世界中でトークンが利用される様なことになったとしても、誰もトークンを保有していたいと思いません。 プロジェクトのプロトコルが提供するメリット(不正防止、手軽なチケット発行)は明確で、大きな価値を生み出しているにも関わらず、そこで流通しているトークンはプロトコルの価値を反映できていません。
今回のイベントチケットの例は極端ではあるものの、この例の様な流通速度の低下を想定していないユーティリティトークンの設計は多く存在しています。 こういったユーティリティトークンを用いたプロジェクトは、大きな取引所に上場するタイミングでは価格が跳ね上がる可能性はありますが、長期的なサービス運用などを想定すると価格が上昇して行くとは言い難いです。
この様なVelocity問題を解決するためのアプローチは既にいくつか考案されており、今後ユーティリティトークンを用いたICOを実施することが考えている開発者の方々は以下で紹介するメカニズムの導入を検討してみてください。
Velocity問題を解決するためのアプローチ
ここまでの話で、トークン価格を上昇させるにはVelocityを低下させることが必要であるということをご理解いただけたかと思います。 トークン価格を上昇させるために、Velocityを低下させるアプローチはいくつか考えられています。
- 利益分配の仕組みを導入する
- プロトコルに一定期間トークンをロックする機能を導入する
- バランスの取れた焼却(Burn)と鋳造(Mint)のメカニズムを導入する
- 保持する為のインセンティブをつくる
- 価値保存になる
利益分配の仕組みを導入する
利益分配の仕組みをは分散予測市場を形成するプロジェクトであるAugerで採用されている仕組みです。
Augerはネットワーク内での、イベント(レポーターによる事実報告など)を実行するためにREPトークンを活用しています。 この事実報告を行う人々はレポーターと呼ばれ、彼らは事実を虚偽なく報告することが求められています。
レポーターになるには、ユーザーが一定量のREPトークンをステーキング(掛け)する必要があります。これはレポーターが不正を行なった際にステークしていたトークンを没収というマイナスのインセンティブを作り、不正を行いづらくするためです。 レポーターが事実報告を正確に行なった場合、報酬としてマーケット参加者(予測市場でBetしていたユーザー)より一定量の手数料をステーキング量に応じて得ることができます。 逆に虚偽の報告を行なった際には罰則としてステーキングしていたREPトークンを没収される可能性を持っています。
この様に経済圏内で利益分配の仕組みを構築し、トークンにサービスへの支払い以外の用途を持たせ、新たにトークン得る機会を創出します。 そして、ネットワーク参加者はトークンを多く保有し続けることに対するメリット(経済合理性)を作り出すことで、流通速度を低下させることに繋がります。
Augurの話はあくまで一例で、経済圏内でのトークンの利用用途が支払いだけではなく、別のユースケース(長く、多く保持することでプラスのインセンティブが発生するもの)を作り出すことが重要です。
※ Augurの仕組みの詳細はこちらに詳しく載っています。
プロトコルに一定期間トークンをロックする機能を導入する
これはネットワーク上の合意形成で用いられるProof of Stakeの仕組みなどが該当します。PoSの場合、ステーキングによって合意形成が行われるというよりも、ステーキングを行なったユーザーが何かしらの恩恵を受けることができるという仕組みであることが重要です。(上記の収益分配の話と似ていますが、導入対象がプロトコルです) 多くのトークンをステーキングしたユーザーに対して、より多くの収益が分配される仕組みにすることで、ユーザーは経済合理性に従い、トークンを多く長く保持しようとします。 この仕組みを導入されていることで、ユーザーの利用が増加することに比例して、回る手数量が増えることになり、多くの収益がバリデーターに分配されることに繋がります。
ネットワークを利用するユーザー数が増えることで、バリデーターはより多くのトークンをステーキングしようという気持ちが強くるため、結果としてトークンを長期的に保持する様になり、流通速度の低下に繋がります。
バランスの取れた焼却(Burn)と鋳造(Mint)のメカニズムを導入する
トークンを需要と供給のバランスで調整するアプローチです。この仕組みを採用しているのが電子データをブロックチェーンに記録するサービスを提供する「Factom(ファクトム)」です。
Factomで用いられているFactoidというトークンはEntry Creditに変換し消費することで、電子データをブロックチェーンに記録することができます。この時消費されるFactoidトークンは焼却(Burn)されるため全体供給量が減ることになります。Factoidはサービス(電子データの記録)の利用率が上昇するにつれてトークン価格が上昇する設計されています。
Factoidは毎月73,000トークンが生成され、ネットワークに供給されます。ネットワーク全体のFactoid消費が73,000未満であった場合でも、新たにネットワークに73,000のトークンが一定量で供給され続けるため、需要が供給を下回ることになります。その結果、トークン量のインフレが発生しFactoidのトークン価格を下げることになります。逆に、Factoidの消費が73,000以上であった場合、需要が供給を上回るため、デフレが発生しFactomidのトークン価格は上がります。
この様に、プロトコルへの利用状況に基づいて、価格変動起きるメカニズム(Burn & Mint)を導入しているトークンは、中長期的にユーザ利用大きく取ることができれば大きく価格が上昇していく(デフレが起きる)ことが見込めます。
Factomのメカニズムについてはこちらの記事を参考にしてみてください。
保持する為のインセンティブをつくる
トークンを所有するユーザーに対してインセンティブを付与します。 例えば、トークンを所有後1日ごとに価値が増加していくトークンがあるとします。この価値増加は10日後には最高になり、初期値(トークンを保持し始めた日)より10倍の価値として扱える様にするプロトコルを設けます。 そうした場合、ユーザーは心理的にトークンを長めに保持しやりとりを行う様になります。
この様に、ユーザーが一定期間保持することに対するインセンティブを構築することで流通速度の低下に繋がります。
価値保存になる
価値保存のトークンは、特定の仕組みをトークン、もしくはプロトコル内に盛り込むことで成り立つものではなく、マーケットによってそれが価値を保存するものであるかどうかを受け入れてもらう必要がある為、最も達成することが困難です。人々がトークンに対して価値が保存として利用できるものであると信じ始めると、余分なトークンを他のものの為に消費するのではく、トークン自体を保持しようと意思決定する可能性が高くなります。
Bitcoinはこの最も困難な価値保存(Stores of Value)に成った最初のトークンです。
まとめ
- トークン価格が上昇していくことを望むというのはつまり、M(バリュエーション)が大きくなることを望むということ
- Mの上昇に対しするアプローチは2つあるが、意図的にコントロールできるのはVelocityの変数で、この値を減らすアクションが必要
- Velocityを低下させるアプローチが中長期的なトークン価格に寄与すると考えられている
最後に
前回の理論価格算出の話を踏襲して、Token Velocity問題とその解決アプローチを紹介しました。 価値あるユーティリティトークンを作り出すために必要な仕様を言語化して理解したいという思いから今回の内容を調査しまとめていました。 今回の調査内容を踏まえ、価値あるトークン作りに挑戦していきたいなと思っています。
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